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御条目五人組御仕置帳

久しぶりの紹介となる御条目五人組御仕置帳ですが、今回はこの冊子の最終ページとなります。

御条目五人組御仕置帳

寛政9年(1797年)です。

今回は一覧は後回しにして個別の印鑑から紹介させていただきます。

御条目五人組御仕置帳

御条目五人組御仕置帳

御条目五人組御仕置帳

印影がかすんでいますが、素晴らしいバランスの印篆や、唐草文様の名残りなど、バラエティーに富んでいますね。

「印判の歴史」(明石書房 石井良助様著)によりますと、五人組台帳に捺されていた印が「実印である事が推知できるであろう」

となっておりますので、印鑑帳の様なものと考えてよろしいでしょう。

御条目五人組御仕置帳

この台帳に関わらず、江戸時代や明治初期の印鑑台帳には、署名に捺されている印鑑が、署名とは異なる印文が多いです。

通常、江戸時代の庶民は個人的に印章を持たず、名主に預けていて、几帳面な名主はきちんと整理しておいたかも

知れませんが、中には印鑑箱の中に、ただほっぽりこんでおいたものもあったらしいです。

名前と無関係のものが多いのは、ありあわせの印形をつかったものによるものでしょう。 (「印判の歴史」より要約)

次にこちらを一覧ペー時をご覧下さい。

御条目五人組御仕置帳

筆跡はみな一緒(一人が書いた)に見えますが、それはこの時代の農民は識字率が低かったのが関係する事でしょう。

初めて私がこれを見た時は驚きました。

御条目五人組御仕置帳

「良寛」と書かれています。

あの禅僧であり書家の良寛さんのでしょうか。

筆跡を見ますと良寛のものでは無さそう(左と一緒)ですが、この台帳そのものが一人の筆跡と思われます。

良寛は1758年生まれですので、この台帳の寛永9年(1797年)では39歳。

18歳で出家し、岡山県(備中玉島)の円通寺で修行した後に諸国を行脚した道中だったのでしょうか。

御条目五人組御仕置帳

何故印鑑が無いのか・・・

それは寺を持たない乞食(こつじき)僧で江戸時代の寺院制度の枠外に生きたからだったのでしょうか。

それとも、あの良寛さんとは全く別人だったのか・・・

これは専門家に鑑定してもらわないとわかりませんが、鑑定などしてもらわず、そのままの方が夢があっていいかも知れません。

御条目五人組御仕置帳

これは左の密源さんの印鑑です。

御条目五人組御仕置帳

これがこの台帳の最終ページです。






プロフィール

Author:三代目印章店主
古い手彫り印鑑の印影資料を中心に印相体撲滅に向けてマイペースで記事を書きます。

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