FC2ブログ

古印体

印章文字といえば篆書体といっても過言ではありませんが、篆書体以外はいけないのか?と言われるとNOです。

今回はこちらから。

印相体 吉相体 開運印鑑

六体(六體)認字林から古印体の紹介です。

印相体 吉相体 開運印鑑

説明の都合上、該当する印影以外はモザイクを入れさせていただきました。

小判型の印影が3つ並んでおりますが、その3つに共通する文字である「高」をご覧下さい。

ハシゴ「高」と一般的な「高」の違いはあるものの、どれも文字の一部が欠けているのはおわかりでしょうか。

それも位置や欠け具合もそれぞれ異なっていますよね。

更に他の印影もご覧下さい。

印相体 吉相体 開運印鑑

「大」という文字の一部が欠けております。

知っている人には常識なのですが、この「欠け」がある作風が本来の古印体だという事はご存知でしょうか。

言葉で「文字が欠けている」と言いますと、何か不良品のイメージがしてしまうかも知れませんが、表現を変え

「わびさび」と言ったらどうでしょうか。

ここで参考文献から引用させていただきます。

大宝律令で印章制度が定められてからは、国之印、寺社之印、私印等が多く制作されました。

長く土中に埋もれてきたこれらの印が掘り出され、破損腐食した木印、金属印等の思いがけない雅味を印人が見つけ、

書画文人の印章にこの書体を刻し、これを大和古印体と名付けて発展させてきました。

更に

交叉する処は墨だまりを、筆勢を出す処には切れを入れるのが特徴です。

                                 どちらも古印体字典(マール社 井上淡斎様著)より

つまり、古印体の「切れ」は「失敗して切っちゃった」ではなく、昔の印章を再現する為にあえて入れた「わびさび」なのです。

必ず「切れ」を入れなければいけない訳ではなく、自由な発想で「わびさび」を作って味わいを出すのが古印体です。

もちろん「自由な発想」といってもデタラメ書体である印相体とは別次元で、古印体はあくまでも正統派の書体です。

こちらは明治時代の印譜からのピックアップです。

印相体 吉相体 開運印鑑

ざっと古印体の説明をさせていただきましたが、ここまではよく知られている事だと思います。

では、古印体という名前は誰が考えたのか?

きちんと作者が居りますが、これは公益社団法人・全日本印章業協会加盟のお店に聞いてくれればわかると思います。

その全日本印章業協会が発行する印章教科書より一部引用させていただきます。

・・・明治5年(1872年)頃この古印体に成る印を、時の参議官大久保利通に贈りまりた。

以降この作風を好む人々が次第に増加、明治6年(1873年)太政官布告により民間における実印の登録制が

しかれるに及び、印章の中に一つの書体として定着しました。
           
とあります。

ここでピンときた方は、このブログを隅々まで見てくれている方です。

「大久保利通」「古印体」?

この写真↓は今回より6記事前(12月6日の記事)のものです。

長八美術館 第1回内国勧業博覧会 印相体 吉相体 開運印鑑 (褒賞は伊豆の長八美術館の収蔵品です)

これは第一回内国勧業博覧会の褒賞ですが、一番左の印影をご覧下さい。

褒賞の年は明治10年となっておりますが、捺されている大久保利通の印鑑は、枠がかなりすり減っており、

明治10年より前に彫られたと考えられます。

文字に「切れ」はほぼ見られませんが、それでもこれは古印体と言えるでしょう。

ここからは私の推測ですが、もしかすると、これが「以降この作風を好む人々が次第に増加」(印章教科書より)

のきっかけとなった印なのかも知れません。

まあ、私の希望的観測なのかも知れませんが、その可能性は十分あると思いますよね。


★この記事の参考文献からの引用は、文書引用のルールに従い引用させていただきました。


ブログ編集者
プロフィール

Author:三代目印章店主
古い手彫り印鑑の印影資料を中心に印相体撲滅に向けてマイペースで記事を書きます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR