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篆書体八方崩しと改所印

いつも似た様な紹介かも知れませんね。

今回は明治時代初期の印譜からです。

明治初期の手彫り印鑑

明治初期ですので、黒印が多く混ざります。

私にとって「見るだけでワクワクする印譜」です。

明治初期の手彫り印鑑

久しぶりの八方崩し篆書体です。

私は以前「八方篆書体という篆書体はありません」と書いてきまして、それは紛れもない事実です。

八方崩しは篆書体を読めなくなるよう崩した姿を指しますので、正式な書体名ではありません。

しかし、中には「篆書体の八方崩し」と言わず「八方篆書体」と呼んでいたお店もあったようですので、

呼び名については堅苦しい事は言わない事にしました。

混同してはいけないことですが、印相体ではありません。

(印相体は八方崩しを真似たものではありますが、成り立ちや趣旨、存在意義が全く異なります)

「印相体との違い」

それは上の印影をご覧いただければおわかりいただけるかと思います。

何と彫られているかわかりませんよね。

わからない様に崩すのが本物の八方崩しです。

中には読めてしまうものもありますが、本来の八方崩しは読めてしまってはいけないのです。

それと、本物の「篆書体八方崩し」は印相体の登場によりほぼ消えてしまいました。

かろうじて神社仏閣のご朱印としてまだ使っているところもありますが、一般の方が使用する印鑑で

本物の篆書体八方崩しというのは、まず彫られていないと思います。

印相体について詳しくはこちらをご覧下さい→印相体とは


もう一つ資料を用意致しました。

今度は約180年前:江戸時代:天保六年の御印鑑扣(控)です。

江戸時代の印鑑

「御印鑑扣・・・」って、上しか写さないのは残念な理由がありまして。

江戸時代の印鑑

この通り、下が欠損しているのです。

180年の間にネズミにでもかじられてしまったのでしょうか、残念でなりません。

恐らく、街道に設けられた荷物貫目改所の通行手形のような書類だと思います。

欠損が無ければ価値もあると思いますが、これでは骨董的価値はゼロでしょうね。

しかし、私はハンコ屋ですので、印影さえあれば私にとっては宝となります。


江戸時代の印鑑

太枠細篆書体で、印面いっぱいに字配りした大型の印鑑です。

印影が万全でなく、印文の判読ができないのが残念です。

江戸時代の印鑑

印影の上に書かれている「印鑑」や印影の下の「関門」。

そして、「品川」「松戸」という昔の宿場町の地名、「品川改」という印文から推測するしかありません。

印影の上に書かれている「印鑑」という書式、書風は、江戸時代の証明印の大きな特徴ですので、

何らかの証明印である事は間違いないと思います。

江戸時代の印鑑

前の記事に繋げたつもりはありませんが、これも柳葉篆ですね。

枠と文字の間に十分空間をとり、流れるような笹文字が美しい素晴らしい印影です。

書類が欠けてしまっているのが残念でなりません。

江戸時代の印鑑

かなり大きな印影です。

尚、この書類には他の印鑑もありますので、いずれ続編を書きます。


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プロフィール

Author:三代目印章店主
古い手彫り印鑑の印影資料を中心に印相体撲滅に向けてマイペースで記事を書きます。

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