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戦前の印章資料

更新が滞っておりました。

戦前の印章資料からです。

まあ、このブログの大部分が戦前の印章資料ですので、タイトルはあまり気にしないで下さい。

昭和40年代に印相体が創作され、実用印章文化が激変してしまう前の戦前の印章資料は、

印章文化を語る上で貴重なものです。

堅苦しい話はこの辺にして、今回はこちらの資料から。

innsyousiryou4vIMG_0572.jpg

ご覧の通り、印刷物なども含めた印影を切り張りした資料です。

先代も先々代も既に亡くなってしまったので、(他の資料も含め)どの様に集めたかは不明です。

戦前の印章資料 印相体 吉相体

「どうって事ない」ですか?

確かに驚く様な印影ではありませんが、この時代はごく普通の作風であった太枠・細字ですね。

今は「字が細いのは嫌だな~」というお客様が多いですが、角印の基本は太枠・細字印篆です。

印文右上の「石」の崩しなんかは、今はあまり使われない崩しですね。

注目していただきたい事は、角印の右側に「六分角」と書いてある部分です。

3×6=18ミリの角印の事ですが、これはどこかの印章店の印影見本ですね。

今はとっくに尺貫法は廃止されていますが、実は印章業界内では今でも尺貫法が使われる事が多いです。

特に印材を発注する時は今でも「6分角」「7分角」と言う事が普通に行われています。

戦前の印章資料

國民学校という印文からも古い資料である事がわかりますね。

角印の左には「一寸三分割印」とありますので、この左側には割印が印刷されていたのでしょう。

細切れにせず全ての印影が残っていたら・・・と考えると残念ですが、実は他の資料では当時の印章店の印影見本一覧

というものがありますので、それはいずれ紹介させていただきます。

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ほんの数日前の事ですが、同業者さんのとある集まりがありました。

「とある」と書いたとたんに信憑性が薄くなりますが、同業他社さんの事もありますので、詳しく書けない事はご容赦下さい。

仕事を終えてから、20人弱の印章職人が集まり一斉に手彫りをするというものです。

彫る文字は自由な一文字。

2時間の予定でしたが、挨拶、準備や説明などを除けば賞味一時間半程度。

いや~ 凄く楽しかったです。

「同業職人が集まったなら、さぞかしピリピリしたムードだったんでしょ?」と思われるかも知れませんが、

そんな雰囲気は微塵も無し。

黙々と彫る人、和気あいあいと彫る人など、人それぞれでしたし、彫った後の評価順位付けは一切無し。

「な~んだ。 そんなゆるい会だったの?」・・・という訳ではありません。

和気あいあいとしゃべりながら彫っていた人でも時間内にきちんと終わらせ、印影は一通り皆様で回覧します。

腕を上げるにはピリピリとした緊張感も必要でしょうが、和気あいあいと彫るのもいいものだと感じました。

是非またやりたいです。


ブログ編集者









明治時代の小学校の印鑑

ブログ更新の期間が空いてしまいましたが、明治時代の印章資料を続けます。

戦前の印章資料 印相体 吉相体


戦前の印章資料

個人名が彫られていますが、小学校の公印として公に使われていた印鑑ですので、ブログでの公開も由としましょう。

丁寧な楷書体で彫られた角印ですね。

戦前の印章資料 印相体 吉相体 

通常、印文の字配りは、言葉としてきりのいい区切りよりも、全体のバランスを優先させるものですが、

これは隷書体という読みやすい書体で彫られている為、言葉の区切りも考えてこの様に字配りしたのではないでしょうか。

全部で15文字なので、1行5文字でしたらちょうど3行で文字数が合うところ、尋常高等が1文字の幅に2行という特殊な

字配りにしてありますね。

ブログ編集者

個性豊かな作風

明治時代の印譜を続けます。

戦前の印章資料 印相体 吉相体

印文(印影文字)は「松本之章」、つまり松本さんの印章という意味です。

テキトーに字配りしている風に見えるかも知れませんが、松という字は木へんに公だからこそ、この作風が出来たのであり

仮に田口さんでしたら、また別の雰囲気にしなければいけなかった難しい作風です。

印相体のテキトーとは訳が違いますね。

ブログ編集者
プロフィール

Author:三代目印章店主
古い手彫り印鑑の印影資料を中心に印相体撲滅に向けてマイペースで記事を書きます。

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