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問屋さんの実力

今回はいままでに無いタイトルですが、まずは大正時代の印章問屋さんのカタログから。

印相体 昔のカタログ 開運印鑑

押さえていないと閉じてしまいますので、文鎮代わりに印材の青田石を乗せてあります。

そのページの上にはダルマ印が描かれているので、興味深々のお方も居らっしゃるかも知れませんが、

ダルマ印はまた別の機会に・・・

印相体 昔のカタログ 開運印鑑

大正15年11月29日とあります。

まさかこの時は、あと1カ月に満たない期間で時代は昭和になるなんて、誰も予想しなかった事でしょう。

このカタログが印刷を経てお店に配られた時は、もしかすると既に昭和になっていたかも知れませんね。

ところで話はガラッと変わりますが、タイトルの「問屋さんの実力」とは。

お刺身や野菜を食べるのに「産地直送」、「農家直送」とかでしたら新鮮なものを安く食べられそうで響きがいいですよね。

ハンコの場合は印材の大半は印材製造元さん、ケースはケース製造元さんが作っているので、「製造元直送」

とでも言ったところでしょうか。

それに対し、「問屋さんから仕入れました」と言ったら「何だ~ 製造元さんから直接ではないのですね?」と

ガッカリするでしょうか?

「だって、問屋さんだと中間マージンが入るし、製造元さん直接の方がオーダー品とか細かい打ち合わせが出来るじゃない」

と感じる人も多いのではないでしょうか。

という事は、なるべく問屋さんを経由しない方がいいのでしょうか。

だとすると、問屋さんを通して仕入れているお店は、製造元さんと直接取引しているお店より条件が不利なのでしょうか。

「・・・でしょうか」という表現を3つ繰り返してしましましたが、そんなに問屋さん経由が不利ならば、どのお店も製造元さんと

直接取引をして、問屋さんは倒産してしまいますよね。

私の悪い癖でダラダラと長い文章になってしまいましたが、問屋さんの存在意義は偉大だという事を説明させていただきます。

具体的に私のお店では「どの材料は問屋さんからで、どの材料は直接」なのかは言えない事はご理解お願いします。

また、全てにおいてケースバイケースですので、それを前提にお読み下さい。

問屋さんからは様々なものを仕入れますが、例えば印材を例にとります。

とある印材が1本だけ欲しい場合。

製造元さんに「1本届けて下さい」とはなかなか言えません。

1本とは極端かも知れませんが、印章店では大量に印材を在庫として抱えるメリットは少ないので、必要に応じて仕入れます。

当然価格は適正価格となります。

ところが問屋さんはどうでしょうか。

どんな繁盛店でも問屋さんの仕入れる数量には到底及びません。

となりますと、当然問屋さんが仕入れる価格の方が安くなります。

これは不当な圧力とかではなく、世の中の仕組みがそうなっている当然の流れです。

それに加え、製造元さんからは「1本だけ。 1個だけ」って仕入れづらいですが、問屋さんからは気軽に仕入れられる

いい面があります。

また、「うちは先代から製造元さんとは仲がいいから・・・」というお店もあるでしょうが、仕入れる量で圧倒する問屋さんには

到底かないません。

それは何を意味するか・・・

私のお店の様な、「昔の作風にこだわるお店」とかですと、特殊な印材を別注品として作成する必要が出てくる場合があります。

そんな時に頼りになるのが問屋さんです。

個々のお店が製造元さんに「こんな特殊な印材を作って下さい」と直接依頼しても「ごめんなさい。今ではもう無理です」と

断られてしまうところ、問屋さんを通しますと大丈夫だったりする場合があります。

また、お客様から「○●□▲を探してほしい」と依頼され、片っ端から製造元さんに問い合わせをするより、問屋さんに依頼すると、

簡単に探してくれてあっさり見つかったりする場合もあります。

もちろん、問屋さんにも得手不得手がありますので、それは長年の付き合いで、この問屋さんはこの分野が得意で、

あちらの問屋さんはあの分野が得意、とそのお店なりの付き合いで学んでいくものです。

こんな事は印章業に限りませんが、問屋さんを通す → 中間マージンをとられる?という事では必ずしもそうでないと

お伝えしておきます。

もちろん、はじめに書きました通り、全てはケースバイケースです。

と、文章が長くなったところで、また写真に戻ります。

印相体 昔のカタログ 開運印鑑

「三分角銀ヒシ丹入り」

ヒシ丹とは、上の絵を見てわかると思いますが、菱形(といっても正方形)の丹入りの印材で、丹の素材は銀です。

今は作っていない印材です。

印相体 昔のカタログ 開運印鑑

現在の丹は「長丹」となり、ヒシ丹は意外と普通の存在でした。

ヒシ丹は別名ヤッコ丹とも呼ばれておりました。

そんな「今では作られていないヒシ丹の印鑑(印章)が欲しい!」という方へ朗報です。

ヒシ丹 ヤッコ丹 印鑑  印相体

今から40年以上前に作られた印材「ヒシ丹入り牛角」です。

ヒシ丹の素材は銀です。

ヒシ丹 ヤッコ丹 印鑑  印相体

上の写真と牛角がか重複しましたが、ヒシ丹入り牛角、ヒシ丹入り黒水牛で、黒水牛は丹と当たり(さぐり)の両方が

付いている印材です。



ホームページには載せておりませんが、こんな古い印材の印鑑(印章)をお求めの方はこちらまで。

ちなみ、当店の周辺には、最強の問屋さんや製造元さんが集結しているのでいつも助かっております。

問屋さん、製造元さんとうまく付き合っていく事が、お店繁栄の秘訣ではないかと考えております。

牙次印

前の記事と同じ印章問屋さんの大正時代のタログから。

印相体 茨城 古民家 

ダルマ印や牙次印(水牛などの印材の先端に象牙を付けたもの)などが載っている古い物好きな人にはたまらないページです。

今回は右側のページの上から二番目と四番目を紹介させていただきます。

印相体 茨城 古民家 

古い時代にはそぐわないイメージがありますが、何とハート型の印材です。

しかも牙次印で。

前回は「問屋さんの実力」というタイトルで「問屋さんを通して印材製造元さんに交渉してもらえば・・・」という話をしましたが

さすがにこのハート型は無理です。

ですので、仮にこの印材が現存していたら大変貴重な物と言えます。

「いくらなんでもハート形の印鑑なんてあるの?」と思った方はこちらをご覧下さい。

手彫り印鑑の明治印譜 印相体

これはブログ再登場で明治時代の印影です。

カタログは大正時代で、印影は明治時代ですので、二つの関係は不明ですが、古い印影=和文化の象徴的な作風

という固定概念ではなく、結構自由な作風もあったのですね。

印相体 茨城 古民家 

次にこちら。

鹿象牙先次獅子型小判とあります。

小判型の牙次印だけでも今では珍しいですが、獅子の鈕(ちゅう)です。

こんな印材も現存したら大変貴重なものとなります。

ちなみに鈕(印面と反対側のつまみ)に獅子などが用いられる事は古来からあるものです。

よく「ハンコは自分の体だから・・・」という紹介文を見ますが、その様な言い伝えや慣習はありません。

だって、自分の体だとしたら獅子などの形ではなく人間の形にしますよね。

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今日は久しぶりに郊外へ行ってきました。

行った場所は大好きな茨城県です。

いつもの定点撮影スポットのすぐ近くで、道路に何かあるので踏んでしまってはいけないけど、何だろう?と思って近づくと

亀でした。

印相体 茨城 古民家 

このままだと車に轢かれてしまいそうですので、近くの草むらへ移動です。

印相体 茨城 古民家 

亀の種類はわかりませんが、外来種のミドリガメではなさそうですので一安心。

亀を安全な場所(?)に移動できて良かったと思いながら運転したら、定点スポットでの撮影は忘れてしまいました。

印相体 茨城 古民家 

全く手入れをしていない梅園ですが、ほぼ満開で既に蜂がブンブン飛び回っていました。

ここ数年剪定も肥料も無しですが、花は以前と変わりなく咲いてくれています。

実は私、去年蜂に刺されてしまったのですが、蜂は植物にとって欠かせない生き物ですので憎めはしないです。

印相体 茨城 古民家 

帰りは古民家やたまたま通り掛かったスポットを見ながら楽しくドライブです。

印相体 茨城 古民家 

印相体 茨城 古民家 

ブログ再登場の茅葺き屋根の長屋門です。

印相体 茨城 古民家 

二つそっくりですが、隣接する別の門です。

普通の住宅ですので近寄っての撮影は遠慮しましたが、写真で見るよりずっと素晴らしい建物です。

印相体 茨城 古民家 

実はこちらもブログ再登場。

豪華な門ですが、お寺ではなく個人の住宅です。

印相体 茨城 古民家 

瓦の豪華さについ見とれてしまいます。

印相体 茨城 古民家 

通りすがりの茶畑

印相体 茨城 古民家 

Uターンしようと思ったらちょうどいい雰囲気のお寺が。

千手観音堂

屋根はトタンで補修してありますが、建物は室町時代のものだそうです。

印相体 茨城 古民家 

誰の揮毫かわかりませんが、整い過ぎていない作風のいい書ですね。


印相体 茨城 古民家 

田んぼの中に史跡を発見。

印相体 茨城 古民家 

田んぼに水は付き物ですが、田んぼの中の自噴水井戸といのは珍しいのではないでしょうか。(その分野は素人ですが)

印相体 茨城 古民家 

結構遅目の時間に出発し、いろいろ周っても夕方明るい時間には都内へ帰れる里・茨城。

とてもいいところですよ。


ブログ編集者

藩札の印鑑 (分銅型)

藩札(寺社札)です。

藩札は専門分野ではありませんので間違っていたらすみませんが、江戸(東京)の増上寺内の何かを建立

する際に発行された、大和國の寺社札ではないかと思います。

印相体 藩札 寺社札 開運印鑑

細かい彫り物も素晴らしいですが、何と言っても分銅型印鑑です。

印相体 藩札 寺社札 開運印鑑

太枠に細字の八方崩しが彫られた中陰分銅型印鑑です。

ここのところ八方崩しを紹介する度に説明しておりますが、よく「印相体は別名八方崩しと呼ばれます」とよくネット上に

書いていありますがそれは明らかな誤りです。

「何でも有り」の今は別として、印相体で太枠や細字はあり得ません。

そして印相体の大きな特徴は、篆書体を崩しつつ、読めてしまうのが印相体です。

一方、八方崩しの多くは判読困難です。

そして太枠や細字に関係なく存在します。

まあよく考えてみれば仮に印相体=八方崩しであるならば、違う名前があるのも変です。

話が脱線しましたが、分銅型印鑑の背景で彫られている畳篆状の篆書体も素晴らしいですね、

印相体 藩札 寺社札 開運印鑑

こちら緑肉で押されていますが、これも篆書体の八方崩しです。

繰り返しですみませんが、背景に彫られている篆書体も印章人にとっては大変参考になる素晴らしいものです。

印相体 藩札 寺社札 開運印鑑

これも篆書体の八方崩しです。 (太枠細字)

印相体 藩札 寺社札 開運印鑑

続いて裏面です。

印相体 藩札 寺社札 開運印鑑

どっしりとした印篆の左右に八方崩し、素晴らしいです。

印相体 藩札 寺社札 開運印鑑

小判型でこれも篆書体の八方崩し。

印相体 藩札 寺社札 開運印鑑

前にも書きましたが、藩札は印鑑と篆書体の宝庫です。

でもなぜか印章業界ではほとんど(多分全く)採り上げられる事はありません。

古い作風を学ぶ上では大変な参考資料となるのに残念でなりません。


ブログ編集者

牙次印 角

大正時代の印章カタログから。

印相体 牙次印 先継印 開運印鑑

今回はこちら。

印相体 牙次印 先継印 開運印鑑

このブログではお馴染み牙次印(げつぎいん)です。

先継印とも呼ばれていました。

1本まるごと象牙ですと高額になりますので、大切な印面は摩耗や欠けの少ない象牙にして、本体は象牙より安い

黒水牛にしてある印章です。

昔はその様な理由で多く使われましたが、今は滅多に作られない珍しい印材です。

印相体 牙次印 先継印 開運印鑑

それがこちら。

丹は銀が埋め込んでありますが、今から30~40年位前に作られたものですので、古さは否めません。

印相体 牙次印 先継印 開運印鑑

これぞ古き良き時代の素晴らしい印章です。

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恒例の週末郊外(ほぼ茨城)散策、今回は海編です。

大洗

私、行きは下道でのんびり行くのが好きなのですが、今回は少々遠いのでさすがに高速道路を使いました。

特に早起きという訳ではなく、何となく「漁港で海鮮丼を食べたい」というアバウトな思いで出発し、途中常磐道の

守谷サービスエリアで行き先を決め、まずは大洗へ。

よくわからないのでとりあえず街のシンボル的なマリンタワーから。

大洗 印相体

これはマリンタワーの展望台からです。

マリンタワーの係員さんによると、「東日本大震災で津波で下に見えるコンテナ群は当時全て流されてしまった」との事です。

「人的被害が出なかったのが幸い」とおっしゃっていました。

今は震災の痕跡はわかりませんが、海岸線には真新しい防潮堤と、普通は海にあるテトラポットが、海辺の家を守る様に

陸に置かれているのが東京とは違うなと感じる点でした。

大洗

こちらはマリンタワーに隣接するアウトレットモールですが、1階部分は津波の被害に遭ったそうです。

印相体 那珂湊

次は那珂川を渡ってすぐの那珂湊へ移動。

旧街道っぽい雰囲気の道に古民家が点在し、道路沿いに防空壕が見えたりで「観光地に来た」という雰囲気です。

何となくというアバウトな思いとはいえ、「漁港で海鮮丼」の目的地であるおさかな市場へ。

那珂湊 印相体

大勢の人でにぎわっていました。

那珂湊 印相体

漁港だから当たり前かも知れませんが、とにかく安かったです。

那珂湊 石鯛

都内のスーパーじゃあまり目にしない石鯛が10匹近くで300円。

という事は1匹30円位・・・

それならかわいそうだから獲らなくてもと・・・と自分は海鮮丼を食べに来たくせに何を矛盾した考えをしているのでしょうか。

那珂湊 カキ

食べた海鮮丼もおいしかったのですが、その後で食べた生牡蠣は絶品でした。

もっと沢山食べたかったのですが、帰りの運転で眠くならないよう腹八分目で今回は我慢。

行きも帰りも渋滞なしですが、今回はいつもより遠かったので少し疲れました。


ブログ編集者

朱白文相間印

明治時代の印譜です。

この印譜は技術の見本帳と言っていいぐらい素晴らしい印影が集まっています。

その技術とは、細密な手仕事の技術もありますが、文字の作風も含めた技術を指しています。

印相体が創られる前の印譜は、やはり素晴らしいものが多いですね。

明治印譜 印相体 開運印鑑

今日の印影はこちら。

朱白文相間印 印相体 開運印鑑

向かって左の香炉印も気になると思いますが、それは後日紹介させていただくとして、今回は朱白文相間印です。

朱文(文字に朱が付く一般的な印)と白文(白抜き)が一つの印の中に混ざっている作風を朱白文相間印と言います。

これは朱文を囲む円の大きさがちょっとでも違うと、朱白の違和感が目立ってしまう難しい作風です。

文字も角ばった印篆にせず、古風な雰囲気で彫られているところなんかもポイントの一つです。

朱白文相間印 印相体 開運印鑑

圧巻なのはこの大きさ(小ささ)です。

写真では目立ちませんが、外側に細枠も付いており、それも印影を引き立てるのに非常に大きな点となっております。

朱白文相間印 印相体 開運印鑑

印影を半分隠してしまいますが、この方が細密さがよりわかります。

定規の1ミリの目盛りと文字の線の太さを比べてみればその凄さがおわかりいただけると思います。



ブログ編集者



篆書古印体

明治時代の印譜より。

明治時代の印譜 印相体 開運印鑑

素晴らしい昔の印影見本の様な印譜です。

今回はこちら。

印相体 明治時代の印譜 開運印鑑

印文は誰でも知っている機関だと思いますが、書体は篆書古印体です。

上下左右の空間をきちんととった素晴らしい作風ですね。

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いつもの通り郊外散策は茨城県です。

日曜日に書いた記事ですが、行ったのは今日ではなく1週間前です。

そんな事はどうでもいいですが、今回は写真が多く、完全に自己満足日記です。

これが私がやりたかったブログの原点です。

「ハンコについても休日の行動についても、自由気ままに自己満足を記事にする」

そのつもりでブログを始めたのですが、最近はお問い合わせも多くいただく様になり、自分なりの壁を作ってしまっておりました。

壁は一気に崩せませんが、とりあえず今回は徹底的に自己満足で・・・

行き先はまず茨城県桜川市の真壁です。

何年か前にも一度行きましたので、写真は同じ建物を撮ったものも多々あります。

茨城県桜川市 真壁 印相体

真壁と言えば古民家で、古民家を見るのが目的で真壁に行きました。

真壁 印相体

情緒豊かな旅館ですが、江戸時代から続いているそうです。  (建物は江戸時代のものかはわかりません)

真壁から山道が柿岡まで続いているので、昔の人はここで一泊して山越えをして柿岡に行ったのでしょうね。

車なら30~40分ですが、舗装されていない昔の道を地下足袋で歩いたら半日は掛かったと思います。

開運印鑑 印相体 茨城県桜川市 真壁

電話番号23番でしょうか。

もちろん今では桁数が増えたので、繋がらないでしょう。

他の家にも同様のものが貼られていましたが、個人情報保護の今では考えられない事ですね。

開運印鑑 印相体 茨城県桜川市 真壁

これは震災でメチャメチャに壊れてしまった酒蔵です。

壊れた箇所は写真とは違うか角度のところですが、きれいに修繕されていました。

開運印鑑 印相体 茨城県桜川市 真壁

看板は見づらいかも知れませんが、靴屋さんの様です。

開運印鑑 印相体 茨城県桜川市 真壁

屋根は真新しいですが、これも震災で壊れたのが修繕されていました。

前回来た時は震災の痕跡があちこちにあり、写真を撮るのを躊躇した家も多くありましたが、今は街じゅうがきれいに

なっていていました。

江戸情緒は少なくなりましたが、それでも復元した古い街並みを見れるいいところです。

印相体 開運印鑑 茨城県桜川市 真壁

何気ないところの唐草。

大好きです。

印相体 開運印鑑 茨城県桜川市 真壁

壁の修理はまだのようですが、瓦は新しくなっていました。

印相体 開運印鑑 茨城県桜川市 真壁

江戸の雰囲気の中に混ざる昭和の雰囲気。

こういうのも好きです。

印相体 開運印鑑 茨城県桜川市 真壁 

こちらは「元」郵便局です。

現在は使われておらず、中が見学できる様になっています。

印相体 茨城県桜川市 真壁 

武家屋敷の様な長屋門。

門だけでこれですよ。

都心でしたらちミニ豪邸といったところでしょうか。

印相体 茨城県桜川市 真壁 

密弘寺

印相体 茨城県桜川市 真壁 
雷紋で囲まれた扁額は初めて見ました。

いい感じの隷書体です。

印相体 茨城県桜川市 真壁 

寺社仏閣の唐草はいいものですね。

印相体 茨城県桜川市 真壁 

私の大好きな紗綾形です。

こんなところばかり撮るのは私ぐらいだろうなと考えておりましたが、何とこの紗綾形ばかりパチパチと撮っている人が居ました。

建築物の一部として撮っていたのか、紗綾形だから撮っていたのかはわかりませんが、似た趣味の人も居るんですね。

印相体 茨城県桜川市 真壁 

墓石に刻まれた大正時代の整った隷書体です。

茨城県桜川市 真壁 印相体

扁額(熊野山)

茨城県桜川市 真壁 印相体

こちらは石で出来た新し目の扁額。

茨城県桜川市 真壁 印相体

大正時代の篆書です。

茨城県桜川市 真壁 印相体

印相体 茨城県桜川市 真壁 

大きい!

これも門だけでこの大きさですよ。

印相体 茨城県桜川市 真壁 

街道筋にある老舗の薬局さん。

印相体 茨城県桜川市 真壁 
震災の被害も修復ですっかりきれいになりました。

古めかしさがなくなったのは少し寂しいですが、実際にお住まいの方からすると「何言ってんだ」となる身勝手な考えなのでしょう。

印相体 茨城県桜川市 真壁 
しつこいですが、これも個人宅の長屋門です。

驚いてばかりですが、まるで時代劇のセットみたいですね。

印相体 茨城県桜川市 真壁 
電話30番ですね。

印相体 茨城県桜川市 真壁 


印相体 茨城県桜川市 真壁 


印相体 茨城県桜川市 真壁 


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明治時代の角印

前回と同じ印譜から角印を紹介。

印相体 石岡 

個性的な篆書体で、文字と文字との空間を十分に考えた美しい印影です。

素晴らしい印ですので、今日はこの一印影のみとしておきます。

沢山の中に混ぜてしまうと良さが薄れてしまう気がして・・・

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こちらも前回の続きで、茨城県桜川市の真壁です。

印相体 真壁

これが東京だとしたら凄い家になるでしょうが、ここだと普通に見えてしまいます。

印相体 真壁

次は真壁から山を越え、柿岡方面へ。

印相体 小幡

山の中は停まると危ないので写真は撮りませんでしたが、これは山を越えた上曽にある旅館跡。

写真ですと下り坂というのがわかりづらいと思いますが、土台が斜めになってるのをご覧いただければ坂という

事はわかると思います。

この旅館も実はブログ再登場です。

印相体 小幡

漆喰で描かれた鯛を抱える恵比寿様ですね。

この恵比寿様を見る度に、以前印章協同組合で伊豆の漆喰美術館(長八美術館)に行ったのを思い出します。

素晴らしい職人技です。

印相体 小幡

真壁に早目に着いた人はその日のうちに山越えして、この辺りに泊まったのでしょう。

こちろん逆方面の場合、この辺りに泊まり朝出発をして山越えし、真壁方面に行ったのでしょう。

周りはみかん畑が広がるいい光景ですが、長屋門にみとれてみかん畑の写真は撮らなかったです。

印相体 小幡

印相体 石岡

そしていつもの山へ。

印相体 石岡 梅

今東京では桜が満開ですが、私は梅の方が好きですね。

もちろん桜も好きですが・・・

印相体 石岡 梅





ブログ編集者




回文

明治時代の印譜から。

印相体 明治時代の印譜

今回はこちら。

印相体 明治時代の印譜

この印文と同じ団体は少し前にも出てきましたね。

回文で書体は隷書体です。

法人用の印鑑によくある字配りですが、枠に沿って周り文字を配置する作風を「回文」(かいぶん)と言います。

一見平凡に見えてしまうかも知れませんが、これは親子二重枠となっており、これを回文で彫るには、輪と字配りを

きちんとしないと、いいバランスがとれない意外と難しい作風です。

印相体 明治時代の印譜

個人の実印と異なり、昔の法人用の印鑑は今より大きな傾向がありました。

実物を見ると立派なものですよ。


ブログ編集者



プロフィール

Author:三代目印章店主
古い手彫り印鑑の印影資料を中心に印相体撲滅に向けてマイペースで記事を書きます。

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