御条目五人組御仕置帳
寛政9年(1797年)の御条目五人組御仕置帳の続きです。



200年以上前の古文書ですから仕方ないですが、右の印影の中央に虫喰いが生じてしまっているのが残念です。

中央(左から5番目)は唐草入りの印影です。
文字と結合しており、丸みが少ないので唐草には見えないかも知れませんが、間違いなく江戸時代の印章に多くある
作風の唐草入り印影です。
(拡大↓)




ここまでくると唐草とは言えないかも知れませんが、唐草の名残が入った印影です。(右から二番目)
五人組帳は黒印ばかりなので、朱印も用意しました。
かわってこちらは明治前期~中期の印譜から。

先人の作品が詰まった印譜に甲乙を付けるのは忍びないので控えますが、どうしても好みは生じてしまいます。
そんな中でもこの印譜は大好きな印譜です。
「明治時代の庶民の暮らしを考えつつ印譜を楽しむ」
こういう事は「ハンコ屋ならではの楽しみ」と思っておりますが、こんな事が楽しいのはハンコ屋の中でも
私だけなのかも知れませんね。
今回はこれです。

このブログをご覧いただいている方にはお馴染の大篆風(柳葉篆)、親子二重枠の封緘印です。
このブログでは珍しくありませんが、まず今巷では無いですね。
ブログ編集者
--------------------------------------------------------
体調が万全ではなかったので、ゴールデンウィークは仕事を完全に休みました。
遠出はしませんでしたが、本柘を20本ほど植えている関係で剪定を少々。

「いずれ印材に?」
いえ、それは無いと思います。



200年以上前の古文書ですから仕方ないですが、右の印影の中央に虫喰いが生じてしまっているのが残念です。

中央(左から5番目)は唐草入りの印影です。
文字と結合しており、丸みが少ないので唐草には見えないかも知れませんが、間違いなく江戸時代の印章に多くある
作風の唐草入り印影です。
(拡大↓)




ここまでくると唐草とは言えないかも知れませんが、唐草の名残が入った印影です。(右から二番目)
五人組帳は黒印ばかりなので、朱印も用意しました。
かわってこちらは明治前期~中期の印譜から。

先人の作品が詰まった印譜に甲乙を付けるのは忍びないので控えますが、どうしても好みは生じてしまいます。
そんな中でもこの印譜は大好きな印譜です。
「明治時代の庶民の暮らしを考えつつ印譜を楽しむ」
こういう事は「ハンコ屋ならではの楽しみ」と思っておりますが、こんな事が楽しいのはハンコ屋の中でも
私だけなのかも知れませんね。
今回はこれです。

このブログをご覧いただいている方にはお馴染の大篆風(柳葉篆)、親子二重枠の封緘印です。
このブログでは珍しくありませんが、まず今巷では無いですね。
ブログ編集者
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体調が万全ではなかったので、ゴールデンウィークは仕事を完全に休みました。
遠出はしませんでしたが、本柘を20本ほど植えている関係で剪定を少々。

「いずれ印材に?」
いえ、それは無いと思います。
印鑑簿(明治時代)
明治時代の印鑑簿、三回目です。

前にも書かせていただきましたが、この印鑑簿からは一印影ずつの紹介とさせていただきます。
その理由は書いておりませんでしたが、勿体ぶってもしょうがないですのでここで種明かしをしますが
理由は単純です。
この印鑑簿は「印影が少ない」という事が理由で、勿体ぶって一印影ずつの紹介とさせていだきます。

一印影ずつと言っても、以前に紹介したものは重複して印影紹介させていただきます。

今回はこれです。
明治時代に多かった典型的な太枠細篆書体です。
向かって右は前回紹介させていただいた親子二重枠です。
この印鑑簿は印影数こそ少ないものの、印影の保存状態が良好ですので、私の好きな資料の一つです。

印文はこちらです。
昔の印鑑簿など集印帳のいいところは、昔の作風が見られるだけでなく大きさ(直径)もわかるという事です。
今、巷の印章店に相談に行きますと大抵大き目のサイズを勧められると思います。
しかし、本来の印章はあまり大きなものではなかった事が印譜からわかります。
もちろん、お寺の住職さんなど町の有力者は大きな印章を用いていた事が多いですが、庶民の印章はさほど
大きなものではありませんでした。
ブログ編集者

前にも書かせていただきましたが、この印鑑簿からは一印影ずつの紹介とさせていただきます。
その理由は書いておりませんでしたが、勿体ぶってもしょうがないですのでここで種明かしをしますが
理由は単純です。
この印鑑簿は「印影が少ない」という事が理由で、勿体ぶって一印影ずつの紹介とさせていだきます。

一印影ずつと言っても、以前に紹介したものは重複して印影紹介させていただきます。

今回はこれです。
明治時代に多かった典型的な太枠細篆書体です。
向かって右は前回紹介させていただいた親子二重枠です。
この印鑑簿は印影数こそ少ないものの、印影の保存状態が良好ですので、私の好きな資料の一つです。

印文はこちらです。
昔の印鑑簿など集印帳のいいところは、昔の作風が見られるだけでなく大きさ(直径)もわかるという事です。
今、巷の印章店に相談に行きますと大抵大き目のサイズを勧められると思います。
しかし、本来の印章はあまり大きなものではなかった事が印譜からわかります。
もちろん、お寺の住職さんなど町の有力者は大きな印章を用いていた事が多いですが、庶民の印章はさほど
大きなものではありませんでした。
ブログ編集者
明治印譜より
5月6日の記事で「大好きな印譜」と言った明治時代の印譜からです。

木口の落款印でしょうか。
現代風のとは一味違う、文字を欠けさせない且つ実務印とは少し違う雰囲気を醸し出す絶妙な文字です。
古い印譜にはいいものが多いですね。

ブログ編集者
---------------------------------------
昨日のブログで予告したお祭りの件ですが、すみません!。
ちょっと軽い口調で書いた文章でしたのでお祭りの話は既に削除させていただきました。
(削除の予告はしていたのでご了承下さい)
晴天に恵まれ、お祭り自体は大成功に終わりました。
大成功どころか、いつも荒れに荒れる本社神輿が今回は近年になくスムーズな渡御でした。
スムーズと言ってもお神輿は荒れ狂う担ぎ手で右往左往はします。
ただ、今年はヤ●ザの荒らしも(多分)無く、大きなトラブルも(多分)無かったです。
町内神輿と違い、本社神輿を担ぐ前は足袋が脱げてしまわないよう、ビニールテープでグルグル巻きに
する事は必須です。
隣町からの受け渡しが終わるか否かで、ドドーっと800人近くが一斉に神輿に押し寄せ、
「こらドケ!」「押すな!」「テメーこの野郎!」などの怒号が飛び交います。
いや、怒号だけではなく、例年はそこら中で取っ組み合いが始まります。
今年は、私が知る限り取っ組み合いは少なかった様な気がするので、それが前述した「大成功」という意味です。
「怒号と取っ組み合い」は誤解を恐れずに言いますと、場が最高に盛り上がります。
しかし、神輿担ぎというのは神聖な行事ですので、「エキサイトして楽しければいい」と言うのは邪道です。
一方「盛り上がってこそお神輿」という考えもありますので、あまりお行儀良すぎる渡御もつまらないですけどね。
大成功に終わった下谷神社(東京都台東区)大祭:上野地区渡御ですが、私には大きな反省点があります。
「運動不足」
これに尽きます。
前回(2年前)までは怒号や取っ組み合いを仕掛けてくる輩(やから)には、それなりの姿勢で臨んでおりましたが、
今回は運動不足で自分の身の安全を守るのが精一杯でした。
何とも情けないです。
次の大祭は2年後です。
5月の第二の土日(本社神輿は日曜)と決まっております。
次回は運動不足などという情けない反省はしないようにしたいものです。
そう言えば、削除してしまった昨日の記事で予告した「いい男」の最新の写真を用意しました。
一緒に写っているメンバーに承諾はとっておりませんので、残念ながら少しボカした写真ですみません。

「いい男」のヒントは「2年前と同じ構図の写真」です。
すみません。
今回も軽い調子の記事になってしまいました。
何だかんだ言ってもお祭りは最高です。

木口の落款印でしょうか。
現代風のとは一味違う、文字を欠けさせない且つ実務印とは少し違う雰囲気を醸し出す絶妙な文字です。
古い印譜にはいいものが多いですね。

ブログ編集者
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昨日のブログで予告したお祭りの件ですが、すみません!。
ちょっと軽い口調で書いた文章でしたのでお祭りの話は既に削除させていただきました。
(削除の予告はしていたのでご了承下さい)
晴天に恵まれ、お祭り自体は大成功に終わりました。
大成功どころか、いつも荒れに荒れる本社神輿が今回は近年になくスムーズな渡御でした。
スムーズと言ってもお神輿は荒れ狂う担ぎ手で右往左往はします。
ただ、今年はヤ●ザの荒らしも(多分)無く、大きなトラブルも(多分)無かったです。
町内神輿と違い、本社神輿を担ぐ前は足袋が脱げてしまわないよう、ビニールテープでグルグル巻きに
する事は必須です。
隣町からの受け渡しが終わるか否かで、ドドーっと800人近くが一斉に神輿に押し寄せ、
「こらドケ!」「押すな!」「テメーこの野郎!」などの怒号が飛び交います。
いや、怒号だけではなく、例年はそこら中で取っ組み合いが始まります。
今年は、私が知る限り取っ組み合いは少なかった様な気がするので、それが前述した「大成功」という意味です。
「怒号と取っ組み合い」は誤解を恐れずに言いますと、場が最高に盛り上がります。
しかし、神輿担ぎというのは神聖な行事ですので、「エキサイトして楽しければいい」と言うのは邪道です。
一方「盛り上がってこそお神輿」という考えもありますので、あまりお行儀良すぎる渡御もつまらないですけどね。
大成功に終わった下谷神社(東京都台東区)大祭:上野地区渡御ですが、私には大きな反省点があります。
「運動不足」
これに尽きます。
前回(2年前)までは怒号や取っ組み合いを仕掛けてくる輩(やから)には、それなりの姿勢で臨んでおりましたが、
今回は運動不足で自分の身の安全を守るのが精一杯でした。
何とも情けないです。
次の大祭は2年後です。
5月の第二の土日(本社神輿は日曜)と決まっております。
次回は運動不足などという情けない反省はしないようにしたいものです。
そう言えば、削除してしまった昨日の記事で予告した「いい男」の最新の写真を用意しました。
一緒に写っているメンバーに承諾はとっておりませんので、残念ながら少しボカした写真ですみません。

「いい男」のヒントは「2年前と同じ構図の写真」です。
すみません。
今回も軽い調子の記事になってしまいました。
何だかんだ言ってもお祭りは最高です。
小判型印鑑の美
明治時代からの紹介が続きますが、印譜は前記事とは別のものです。

印譜の一部ですが、太枠や個人の角印もある事がわかりますね。
今よりも多種多様だった事が印譜からもわかります。

わざと珍しい部分を寄せ集めた訳ではありません。
今回は小判型のピックアップですので、小判型が比較的多く載っている部分を撮っただけですが、
それでも多種多様ですね。

右は落款風に左は角ばった印篆。

こちらは小判型のフルネーム印。
文字の大きさは全て同じという訳でもない事も注目して下さい。

右側は古印体斜め、そして左側は巴風の朱白文相間印です。
よく見ると上が隷書体で下は行書体と、書体も混合していますね。

隷書体3文字と2文字。
左の印影に汚れが生じてしまっているのが残念です。

そして今回の主人公はこの二重枠小判型印鑑です。
素晴らしいと思いませんか。
全て素晴らしいので、これのみ「素晴らしい」などと書いては他の印影に申し訳ないのですが。
この印影は斜めが似合っておりますが、漢字とひらがなではバランス構成も異なりますので、
必ずしも全ての場合で斜めでも美しく字配りできるものばかりではありません。
画数の多い文字と少ない文字では、必然的にバランスや印影の雰囲気が変わってくるからです。
「文字」と一括りにまとめられないのもハンコの難しいところであり、逆に言いますと素晴らしいところでもあります。
上にスクロールして他の印影と是非比べてみて下さい。
平仮名と漢字の違いはありますが、二重枠にするだけで雰囲気が大きく変わるのがおわかりいただけますでしょうか。
「小判型印鑑の美」「二重枠印鑑の美」
実は、今回の記事はお楽しみの続きがあります。
ブログ編集者

印譜の一部ですが、太枠や個人の角印もある事がわかりますね。
今よりも多種多様だった事が印譜からもわかります。

わざと珍しい部分を寄せ集めた訳ではありません。
今回は小判型のピックアップですので、小判型が比較的多く載っている部分を撮っただけですが、
それでも多種多様ですね。

右は落款風に左は角ばった印篆。

こちらは小判型のフルネーム印。
文字の大きさは全て同じという訳でもない事も注目して下さい。

右側は古印体斜め、そして左側は巴風の朱白文相間印です。
よく見ると上が隷書体で下は行書体と、書体も混合していますね。

隷書体3文字と2文字。
左の印影に汚れが生じてしまっているのが残念です。

そして今回の主人公はこの二重枠小判型印鑑です。
素晴らしいと思いませんか。
全て素晴らしいので、これのみ「素晴らしい」などと書いては他の印影に申し訳ないのですが。
この印影は斜めが似合っておりますが、漢字とひらがなではバランス構成も異なりますので、
必ずしも全ての場合で斜めでも美しく字配りできるものばかりではありません。
画数の多い文字と少ない文字では、必然的にバランスや印影の雰囲気が変わってくるからです。
「文字」と一括りにまとめられないのもハンコの難しいところであり、逆に言いますと素晴らしいところでもあります。
上にスクロールして他の印影と是非比べてみて下さい。
平仮名と漢字の違いはありますが、二重枠にするだけで雰囲気が大きく変わるのがおわかりいただけますでしょうか。
「小判型印鑑の美」「二重枠印鑑の美」
実は、今回の記事はお楽しみの続きがあります。
ブログ編集者
二重枠 (小判型手彫り印鑑)
今回は前記事で予告した内容です。
実際のお客様のご注文品を彫っている写真を紹介させていただきます。
まずは、ブログ掲載をお許し下さったお客様のご厚意に心より御礼申し上げます。
また、このようなご依頼をいただけた事にも重ねて御礼申し上げます。
ありがとうございました。

字割り線、逆さ文字の手書き、ともに光電式彫刻機以降の手仕上げには無い方法です。

まだこの段階では印章ではなく印材+書という段階です。
手前味噌で恐縮ですが、「手彫り印鑑としてお客様に堂々とお渡しできる逆さ文字を書く」という事は
一朝一夕の修行ではできない技術です。

印面に文字を書いた時は平面だったのが、印刀で彫り立体的になる様子がおわかりいただけると思います。
「書から印へ」
これこそ手彫り印鑑(印章)の真髄だと思います。
今回は二重枠です。

パソコンでご覧いただいている方には随分大きい写真が見えていると思いますが、これは三八小判です。
細かい彫刻である事を前提にご覧下さい。

二重枠の美しさ、手彫りで二重枠という難易度の高い技術を写真でご確認下さい。

彫刻工程は大きな画像ですが、実際の印章は小さなものですので、印影は小さな写真で。
どうです?
自画自賛は醜いかも知れませんが「二重枠の美」いいと思いませんか?
私の大好きな「古き良き作風」です。
その「古き良き作風」をご注文をいただけたお客様にただただ感謝です。
手彫り印鑑は印影のみならず、途中の工程もあってこそ真の手彫りです。
それが今回の記事の写真をご覧いただければご納得いただけるかと思います。
印章店主としての私見ですが、手彫り印鑑として販売されているハンコの99.9%は手彫りされておりません。
ですので、
詳しくはこちらの記事↓↓をお読み下さい。 必ずご納得いただけるはずです。
彫刻途中の写真が重要な理由と説明
ブログ編集者
実際のお客様のご注文品を彫っている写真を紹介させていただきます。
まずは、ブログ掲載をお許し下さったお客様のご厚意に心より御礼申し上げます。
また、このようなご依頼をいただけた事にも重ねて御礼申し上げます。
ありがとうございました。

字割り線、逆さ文字の手書き、ともに光電式彫刻機以降の手仕上げには無い方法です。

まだこの段階では印章ではなく印材+書という段階です。
手前味噌で恐縮ですが、「手彫り印鑑としてお客様に堂々とお渡しできる逆さ文字を書く」という事は
一朝一夕の修行ではできない技術です。

印面に文字を書いた時は平面だったのが、印刀で彫り立体的になる様子がおわかりいただけると思います。
「書から印へ」
これこそ手彫り印鑑(印章)の真髄だと思います。
今回は二重枠です。

パソコンでご覧いただいている方には随分大きい写真が見えていると思いますが、これは三八小判です。
細かい彫刻である事を前提にご覧下さい。

二重枠の美しさ、手彫りで二重枠という難易度の高い技術を写真でご確認下さい。

彫刻工程は大きな画像ですが、実際の印章は小さなものですので、印影は小さな写真で。
どうです?
自画自賛は醜いかも知れませんが「二重枠の美」いいと思いませんか?
私の大好きな「古き良き作風」です。
その「古き良き作風」をご注文をいただけたお客様にただただ感謝です。
手彫り印鑑は印影のみならず、途中の工程もあってこそ真の手彫りです。
それが今回の記事の写真をご覧いただければご納得いただけるかと思います。
印章店主としての私見ですが、手彫り印鑑として販売されているハンコの99.9%は手彫りされておりません。
ですので、
手彫り印鑑をインターネットで注文する時は、必ず彫刻途中の
写真撮影を依頼しましょう。
写真撮影を依頼しましょう。
詳しくはこちらの記事↓↓をお読み下さい。 必ずご納得いただけるはずです。
彫刻途中の写真が重要な理由と説明
ブログ編集者
柳葉篆(笹文字)ほか
何度となく登場している明治時代の印譜からです。

まずは上段、左から三番目の印影から。

このブログでは説明不要の大篆風文字です。
別名、柳葉篆とか笹文字とも言います。

今はなかなかこの様な大きい印章は使われないのが残念です。

力強い隷書体で、向かって右列の上から三番目は「蚕」の旧字体です。
時代背景が伝わってくる印文もいいですね。

変わって、こちらは大正時代の御朱印印譜からです。

インターネットで調べてみると出てきました。
ネット上の情報だけでは何とも言えませんので、ここで詳しくは書きませんが、どうやら現存していないお寺の様です。


力強さは感じられませんが、ハンコは「力強ければ強いほどいい」というものでもありませんので、このような緩急を
生かした篆書体でバランスのいい字配りもいいと思いませんか。
太細の混ざった篆書体で、絶妙なバランスで字配りされている素晴らしい印鑑です。
-----------------------------------------------------------
ここのところ体調がどうも優れません。
ご注文品がまだ出来上がっていないお客様には大変申し訳ございませんが、お届けが遅れていても
日曜日はお休みをいただいております。

「体調が悪い」と言いつつ休みの日は、なるべく郊外へ出掛けて新鮮な風景、新鮮な空気に触れるようにしております。
そうする事で気持ちも新鮮になるような気がしますから。

郊外と言えば古民家はつきものですね。
前にも書きましたが、この周辺一帯この家の敷地のような造りでしたので、近寄るのはこの位にして遠慮がちに撮影。

茅葺屋根の家ばかりでなく、こういう蔵も東京じゃなかなか見られませんね。

上の田んぼの写真は田植え直後の風景でしたが、近場の別の場所で穂が実っているのは変ですよね。
でも、よく見ると稲ではなく麦でした。

ブログ編集者

まずは上段、左から三番目の印影から。

このブログでは説明不要の大篆風文字です。
別名、柳葉篆とか笹文字とも言います。

今はなかなかこの様な大きい印章は使われないのが残念です。

力強い隷書体で、向かって右列の上から三番目は「蚕」の旧字体です。
時代背景が伝わってくる印文もいいですね。

変わって、こちらは大正時代の御朱印印譜からです。

インターネットで調べてみると出てきました。
ネット上の情報だけでは何とも言えませんので、ここで詳しくは書きませんが、どうやら現存していないお寺の様です。


力強さは感じられませんが、ハンコは「力強ければ強いほどいい」というものでもありませんので、このような緩急を
生かした篆書体でバランスのいい字配りもいいと思いませんか。
太細の混ざった篆書体で、絶妙なバランスで字配りされている素晴らしい印鑑です。
-----------------------------------------------------------
ここのところ体調がどうも優れません。
ご注文品がまだ出来上がっていないお客様には大変申し訳ございませんが、お届けが遅れていても
日曜日はお休みをいただいております。

「体調が悪い」と言いつつ休みの日は、なるべく郊外へ出掛けて新鮮な風景、新鮮な空気に触れるようにしております。
そうする事で気持ちも新鮮になるような気がしますから。

郊外と言えば古民家はつきものですね。
前にも書きましたが、この周辺一帯この家の敷地のような造りでしたので、近寄るのはこの位にして遠慮がちに撮影。

茅葺屋根の家ばかりでなく、こういう蔵も東京じゃなかなか見られませんね。

上の田んぼの写真は田植え直後の風景でしたが、近場の別の場所で穂が実っているのは変ですよね。
でも、よく見ると稲ではなく麦でした。

ブログ編集者
篆書体八方崩しと改所印
いつも似た様な紹介かも知れませんね。
今回は明治時代初期の印譜からです。

明治初期ですので、黒印が多く混ざります。
私にとって「見るだけでワクワクする印譜」です。

久しぶりの八方崩し篆書体です。
私は以前「八方篆書体という篆書体はありません」と書いてきまして、それは紛れもない事実です。
八方崩しは篆書体を読めなくなるよう崩した姿を指しますので、正式な書体名ではありません。
しかし、中には「篆書体の八方崩し」と言わず「八方篆書体」と呼んでいたお店もあったようですので、
呼び名については堅苦しい事は言わない事にしました。
混同してはいけないことですが、印相体ではありません。
(印相体は八方崩しを真似たものではありますが、成り立ちや趣旨、存在意義が全く異なります)
「印相体との違い」
それは上の印影をご覧いただければおわかりいただけるかと思います。
何と彫られているかわかりませんよね。
わからない様に崩すのが本物の八方崩しです。
中には読めてしまうものもありますが、本来の八方崩しは読めてしまってはいけないのです。
それと、本物の「篆書体八方崩し」は印相体の登場によりほぼ消えてしまいました。
かろうじて神社仏閣のご朱印としてまだ使っているところもありますが、一般の方が使用する印鑑で
本物の篆書体八方崩しというのは、まず彫られていないと思います。
印相体について詳しくはこちらをご覧下さい→印相体とは
もう一つ資料を用意致しました。
今度は約180年前:江戸時代:天保六年の御印鑑扣(控)です。

「御印鑑扣・・・」って、上しか写さないのは残念な理由がありまして。

この通り、下が欠損しているのです。
180年の間にネズミにでもかじられてしまったのでしょうか、残念でなりません。
恐らく、街道に設けられた荷物貫目改所の通行手形のような書類だと思います。
欠損が無ければ価値もあると思いますが、これでは骨董的価値はゼロでしょうね。
しかし、私はハンコ屋ですので、印影さえあれば私にとっては宝となります。

太枠細篆書体で、印面いっぱいに字配りした大型の印鑑です。
印影が万全でなく、印文の判読ができないのが残念です。

印影の上に書かれている「印鑑」や印影の下の「関門」。
そして、「品川」「松戸」という昔の宿場町の地名、「品川改」という印文から推測するしかありません。
印影の上に書かれている「印鑑」という書式、書風は、江戸時代の証明印の大きな特徴ですので、
何らかの証明印である事は間違いないと思います。

前の記事に繋げたつもりはありませんが、これも柳葉篆ですね。
枠と文字の間に十分空間をとり、流れるような笹文字が美しい素晴らしい印影です。
書類が欠けてしまっているのが残念でなりません。

かなり大きな印影です。
尚、この書類には他の印鑑もありますので、いずれ続編を書きます。
ブログ編集者
今回は明治時代初期の印譜からです。

明治初期ですので、黒印が多く混ざります。
私にとって「見るだけでワクワクする印譜」です。

久しぶりの八方崩し篆書体です。
私は以前「八方篆書体という篆書体はありません」と書いてきまして、それは紛れもない事実です。
八方崩しは篆書体を読めなくなるよう崩した姿を指しますので、正式な書体名ではありません。
しかし、中には「篆書体の八方崩し」と言わず「八方篆書体」と呼んでいたお店もあったようですので、
呼び名については堅苦しい事は言わない事にしました。
混同してはいけないことですが、印相体ではありません。
(印相体は八方崩しを真似たものではありますが、成り立ちや趣旨、存在意義が全く異なります)
「印相体との違い」
それは上の印影をご覧いただければおわかりいただけるかと思います。
何と彫られているかわかりませんよね。
わからない様に崩すのが本物の八方崩しです。
中には読めてしまうものもありますが、本来の八方崩しは読めてしまってはいけないのです。
それと、本物の「篆書体八方崩し」は印相体の登場によりほぼ消えてしまいました。
かろうじて神社仏閣のご朱印としてまだ使っているところもありますが、一般の方が使用する印鑑で
本物の篆書体八方崩しというのは、まず彫られていないと思います。
印相体について詳しくはこちらをご覧下さい→印相体とは
もう一つ資料を用意致しました。
今度は約180年前:江戸時代:天保六年の御印鑑扣(控)です。

「御印鑑扣・・・」って、上しか写さないのは残念な理由がありまして。

この通り、下が欠損しているのです。
180年の間にネズミにでもかじられてしまったのでしょうか、残念でなりません。
恐らく、街道に設けられた荷物貫目改所の通行手形のような書類だと思います。
欠損が無ければ価値もあると思いますが、これでは骨董的価値はゼロでしょうね。
しかし、私はハンコ屋ですので、印影さえあれば私にとっては宝となります。

太枠細篆書体で、印面いっぱいに字配りした大型の印鑑です。
印影が万全でなく、印文の判読ができないのが残念です。

印影の上に書かれている「印鑑」や印影の下の「関門」。
そして、「品川」「松戸」という昔の宿場町の地名、「品川改」という印文から推測するしかありません。
印影の上に書かれている「印鑑」という書式、書風は、江戸時代の証明印の大きな特徴ですので、
何らかの証明印である事は間違いないと思います。

前の記事に繋げたつもりはありませんが、これも柳葉篆ですね。
枠と文字の間に十分空間をとり、流れるような笹文字が美しい素晴らしい印影です。
書類が欠けてしまっているのが残念でなりません。

かなり大きな印影です。
尚、この書類には他の印鑑もありますので、いずれ続編を書きます。
ブログ編集者
加賀国 金沢藩 藩札
たまにお客様からブログに関して意見をいただきます。
そんな中「どうも最近ブログ記事がつまらない」という声が聞こえてきそうな昨今であります。
そういえば、印譜からの紹介が続いており、藩札の紹介を最近は全然しておりおませんでした。
藩札といえば印影の宝庫。
骨董的な価値云々は別としても、印影さえあれば印章店にとっては宝物となります。
今回は加賀国・金沢藩の五拾文札(藩札)です。

どうでしょうか。
私なんかこの一枚の写真だけで気分が高まります。

裏側は一箇所に小さな印影があるのみです。

八方崩しの割印に唐草入り小判型、そして右には畳篆の印影。
どれも素晴らしいものばかりです。

腕のいい印判師が彫ったと思われる美しい印篆に、形の整った唐草模様が何とも言えませんね。
実に素晴らしい印影です。

薄くなってしまっておりますが、畳篆の角印。
畳篆も今はきちんとした手彫りや手仕上げでは、ご朱印か当店ぐらいでしかまず彫られていないと思います。
(ちゃっかり「当店」という宣伝は目障りでしょうが、この位はご容赦下さい。)

中央上の密刻は素晴らしいものと思われますが、文字で隠れてしまっております。
印譜ではなく藩札なので仕方ありませんが。
朱で押された隷書体の角印や畳篆っぽい印影も気になりますが、この中では私は「鑒定」と彫られている黒印の印篆が気になります。

紹介は最後になりましたが、素晴らしい密刻です。
長寿を願う縁起模様の蓑亀です。
印章人にとって藩札は見ているだけで勉強になります。
もう一つ藩札を紹介させていただきますが、単独ではおそらく没としてしまった事でしょう。

単独では没にした理由は保存状態が悪いのと、どのようなものかわからない藩札という理由です。

裏側はこんな感じです。

藩札によくある大黒様だと思いますが、詳細はわかりませんね。

こちらはおそらく宝船でしょう。

藩札の専門家さんでしたら、この印影でわかるかも知れませんが、私の知識では詳細はわかりません。


最後は八方崩しの篆書体、もちろん本物の八方崩しです。
ブログ編集者
そんな中「どうも最近ブログ記事がつまらない」という声が聞こえてきそうな昨今であります。
そういえば、印譜からの紹介が続いており、藩札の紹介を最近は全然しておりおませんでした。
藩札といえば印影の宝庫。
骨董的な価値云々は別としても、印影さえあれば印章店にとっては宝物となります。
今回は加賀国・金沢藩の五拾文札(藩札)です。

どうでしょうか。
私なんかこの一枚の写真だけで気分が高まります。

裏側は一箇所に小さな印影があるのみです。

八方崩しの割印に唐草入り小判型、そして右には畳篆の印影。
どれも素晴らしいものばかりです。

腕のいい印判師が彫ったと思われる美しい印篆に、形の整った唐草模様が何とも言えませんね。
実に素晴らしい印影です。

薄くなってしまっておりますが、畳篆の角印。
畳篆も今はきちんとした手彫りや手仕上げでは、ご朱印か当店ぐらいでしかまず彫られていないと思います。
(ちゃっかり「当店」という宣伝は目障りでしょうが、この位はご容赦下さい。)

中央上の密刻は素晴らしいものと思われますが、文字で隠れてしまっております。
印譜ではなく藩札なので仕方ありませんが。
朱で押された隷書体の角印や畳篆っぽい印影も気になりますが、この中では私は「鑒定」と彫られている黒印の印篆が気になります。

紹介は最後になりましたが、素晴らしい密刻です。
長寿を願う縁起模様の蓑亀です。
印章人にとって藩札は見ているだけで勉強になります。
もう一つ藩札を紹介させていただきますが、単独ではおそらく没としてしまった事でしょう。

単独では没にした理由は保存状態が悪いのと、どのようなものかわからない藩札という理由です。

裏側はこんな感じです。

藩札によくある大黒様だと思いますが、詳細はわかりませんね。

こちらはおそらく宝船でしょう。

藩札の専門家さんでしたら、この印影でわかるかも知れませんが、私の知識では詳細はわかりません。


最後は八方崩しの篆書体、もちろん本物の八方崩しです。
ブログ編集者