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四角い個人実印

明治時代の印譜より


四角い実印 (角印)


丸型よりは少ないですが、昔は個人でも角型の印章をお持ちの方は居らっしゃいました。

四角い実印 (角印)

親子二重枠に細篆書体です。


四角い実印 (角印)

こちらも親子二重枠ですが、文字は細くないタイプです。

親子枠は太い枠と細枠で構成されているので文字は太細どちらでも似合いますね。




ブログ編集者

二重親子枠と龍刻

いくつか前の記事と同様ですが、二重枠と龍刻との関連はありません。

(前の記事とは別の)明治時代の印譜より。


二重枠



二重枠

朱の美しさがひときわ輝く太枠が目立ちますね。

手彫りの二重枠で技量を確かめるのもいいのではないかと思います。

(もちろん正真正銘の手彫りのみですが)


龍刻

支配人さんの印ですね。

これはこの印譜の始まりの印影ですが、どのような職業の支配人さんだったのでしょうか。

(明治後期です)


ブログ編集者

株券

アベノミクスが一段落したような昨今ですが、上場企業の株券は今は電子化されていて

見る機会がなくなってしまいましたね。

株券の印影

こちらは大正時代の株券です。

株は私には専門外なので内容には言及できませんが、やはり気になるのは印影です。


株券の印影

印刷された印影ではなく実押のようです。

癖の無い隷書体が二重枠に綺麗に納まっていますね。

株券の印影

印章人には印影以外も参考になります。


株券の印影

頭取の印は素晴らしいの一言です。

しっかりとした太枠に雷紋、そして柳葉篆で彫られた役職。

惚れぼれしてしまう素晴らしい印影です。


株券の印影


あまり流通しなかった券なのか、残念ながら裏側の印影は表と同じ頭取の印影のみでした。


株券の印影




株券の印影


古き良き大正時代の素晴らしい雷紋、柳葉篆の印章(印影)です。




ブログ編集者



印篆と八方崩し

先人の印譜に優劣を付けてしまうのはやめておきたいのですが、そうは言っても好みはあります。

これは私の大好きな印譜の一つです。

明治中期の印譜より。

手彫り印鑑



手彫り印鑑

一見どうって事のない印篆の認印に見えてしまうかも知れませんが、縦線と横線で美しく整えられ、

左右の空間を十分のとった絶妙のバランスです。



手彫り印鑑 八方篆書体

中央は八方崩しですね。

何となく読めてしまいそうな緩い崩しです。

でも、八方崩しの判読はやめておきましょう。 

(誤った解読を防ぐ事と手間の関係で基本的にブログに掲載した印影は判読しない方針です)


「太枠は発展性に乏しく・・・」「太い枠が壁となり・・・」などと言う何の言い伝えもない

デタラメセールストークが生まれる前の素晴らしい太枠細字の八方崩し篆書体です。




ブログ編集者




はんこらしさ

これは前の記事とは別の明治時代の印譜です。

明治後期より。


手彫り印鑑



手彫り印鑑

「書画骨董盆栽」 (前の記事で印文判読はしないと書きましたが、誰でも容易に読めるので例外です)

書画と骨董はわかるのですが、盆栽も一緒だとは。

いずれにしろ日本の伝統美を集めた感じのお店だった事でしょう。

この頃(明治後期)の新しい品も今では骨董になる事が多いのですが、この時代の骨董屋さんは

当然これより古い時代の物を揃えていたはずです。

どのような品揃えだったのでしょうかね。

想像が膨らみます。



骨董盆栽屋さんの印影は左ページ上から二段目の中央ですが、次は同じく左ページ上段、左から4番目の

小判型印影です。


手彫り印鑑

素晴らしい畳篆の割印です。

この時代はごく普通でしたが、今ではほとんど畳篆の割印は彫られていないでしょう。

久しぶりに書きますが、これぞ「ハンコっぽいハンコ」だと思います。

アップもいいですが、少し離して見ると「ハンコっぽさ」の良さがわかると思います。


手彫り印鑑





ブログ編集者



手彫りゴム印

明治時代の印譜から代わってこちらは大正時代の手彫りゴム印々譜です。

手彫りゴム印




手彫りゴム印

説明不要の素晴らしい手彫りゴム印です。



たまには宣伝でも。

手彫りゴム印 二見

これも説明不要ですね。

画像をご覧下さい。

手彫りゴム印 二見


宣伝で恐縮です。

手彫りゴム印は はんこの印善


ブログ編集者


印章カタログ

暫くぶりですが忘れていた訳ではありません。

大正時代の印章カタログの続きです。

手彫り印鑑 印章カタログ


前に書いたかも知れませんが、これは一般のお客様向けのカタログではありません。

問屋さんから小売店向けに作られたカタログです。

消費者様向けのカタログでしたらお客様も見る事が可能ですが、これは仕入れ単価が記載されているので

お客様は見る事ができません。

(★時代や物価、貨幣単位が現在とは大きく異なるので、ブログで公開しても問題ないと考えております)


印章カタログ

写真右をご覧下さい。

「象牙實印ノ部」という欄の絵が角型になっていますね。(↑)

そして上下のしるしである「丹」が付いております。

昔から印章に適した素材として使用されてきた象牙。

象牙+丹というこの時代は普及品でしたが、丹も個人での角型も今では珍しくなってしまいました。





印章カタログ


見開き左ページです。

右には天丸型印材、左には「坪付印材」。

そうです ダルマ型印材の事です。

このブログではありきたりの言葉になってしまいましたが、古き良き時代の印材です。




ブログ編集者

昭和の風情ある印譜

今回は昭和初期の印譜からです。


手彫り印鑑 昭和印譜



どれも素晴らしい印影ですが、今回はこの二つをピックアップ。

手彫り印鑑 昭和印譜





手彫り印鑑 昭和印譜


実物より随分拡大してしまいましたが、アップを見た後でもう一度一番上の写真をご覧いただけますでしょうか。

遠近両方ご覧いただいた方がハンコの良さが、よりおわかりいただけるのではないかと思います。





ブログ編集者




藩札の九畳篆

今回は藩札です。

文政5年(1822年)播磨國 赤穂郡若狭野(現 兵庫県相生市若狭野)旗本札

手彫り印鑑 藩札 播磨國 赤穂郡若狭野 銀壱匁


素晴らしい文字に印影がありますが、薄くなってしまっているのが残念です。

恐らく龍が彫られているものだと思われます。

手彫り印鑑 藩札 播磨國 赤穂郡若狭野 銀壱匁


吉祥模様に八方崩しの印影という典型的な藩札です。

手彫り印鑑 藩札 播磨國 赤穂郡若狭野 銀壱匁


私が好きなのはこちら側です。

手彫り印鑑 藩札 播磨國 赤穂郡若狭野 銀壱匁

まずは上から

手彫り印鑑 藩札 播磨國 赤穂郡若狭野 銀壱匁


銀壱匁

親子二重枠、唐草模様、印篆という素晴らしい印影が見えます。

手彫り印鑑 藩札 播磨國 赤穂郡若狭野 銀壱匁

下はちょっと拡大し過ぎですね。

私が口癖のように言う「印影は小さなものなので、あまり拡大しない方が・・・」という事の意味は

上と下の写真を比べていただければご理解いただけるのではないでしょうか。

(という事で、これ↓は拡大し過ぎで失敗しましたが、失敗例として載せておきます)


手彫り印鑑 藩札 播磨國 赤穂郡若狭野
☆後日追伸☆ 「あまり拡大し過ぎは・・・」というのは一般的なパソコンモニターで見た時の事です。
 スマートフォンの画面からですと印影の大きさは問題ないと思います。


手彫り印鑑 藩札 播磨國 赤穂郡若狭野 銀壱匁

そして圧巻はこの九畳篆です。

1、2、3、・・・9、10、11・・・あれ? 9本以上折り畳みが・・・と思われる方。

折り畳みが9本以上あっても九畳篆は九畳篆です。


アップもいいですが、少し離れて見ても素晴らしいものです。(毎度同じ表現で恐縮です)


手彫り印鑑 藩札 播磨國 赤穂郡若狭野 銀壱匁




ブログ編集者






捃印補正

寛政12年 捃印補正 第二弾です。

捃印補正

江戸時代に作られたものですが、明治時代に復刻版が多く刷られたらしいので、この綺麗さからすると

明治時代に刷られたものではないでしょうか。


捃印補正

織田信長、豊臣秀吉など錚々たる人達の印影が並びます。


捃印補正

4つの印影の一番右は糸印と呼ばれるものです。

糸印は後の篆書体八方崩しにも影響を与えたと言われるものです。(研究家の一意見です)


右から二番目は名前が書いてありますが、豊臣秀次の印影ですね。

重厚な太枠(親子枠)に包まれた立派な印影です。


また書いてしまいますが、よく印相屋さんが凶だの縁起が悪いだの書いている中によくある

「太枠はいけない」「二重枠はいけない」などという言い伝えが仮にあるのでしたら、

豊臣家の人が印章に用いたはずがありません。


「彫った印判師が言い伝えを知らなかった?」

いえいえ

太枠で親子二重枠は何も豊臣家だけではありません。

大日本帝国賞勲局印だって堂々たる親子二重枠です。

仮にそのような言い伝えが本当に存在するならば、賞勲局が無視する訳がありません。

「賞勲局も知らなかった?」とでも言ったとしたら。

ではなぜ印相屋さんが知っているのでしょうか。

印相屋さんに「どこに書いてあるのか?」と尋ねてみるのも面白いのではないかと思います。



「太枠、二重枠だから(秀次の)最期は切腹になった?」

「・・・だから豊臣家は滅んだ?」

いえいえ

歴史に後から屁理屈を付けちゃだめです。

歴史の判断はハンコ屋ではなく学者さんにお任せしましょう。

でも、仮にそれが本当なら印相屋さんは何故そんな事がわかるのですか?

と問いてみても面白いのではないでしょうか。



自作自演ですみません。

今日は脱線してしまいましたね。

印相屋さんも見ていると思われるブログですので、ちょっとからかってしまいました。

沢山いただくお問い合わせや苦情のメールに対応していると、このような例えがすぐ浮かんでくるように

なりました。

これも印章業界の汚点を公開した産物です。

印相屋さんや印相体を積極的に薦めている人達がこの記事を見た頃合いを見計らって

いずれ削除するかも知れません。



ブログ編集者

明治印譜 (太枠細字・小判型・柳葉篆)

明治時代の印譜から今回はこのページをピックアップ


手彫り印鑑 明治印譜





手彫り印鑑 明治印譜

このような形式の印影はなかなか見ませんが、そもそもこの頃の印鑑はバラエティーに富んでいましたので

特別珍しい訳ではありません。

薬屋さんの印鑑のようです。



手彫り印鑑 明治印譜

大き目の小判型印鑑です。

一番上の写真では中央部右寄りに押されているものです。

今より横広で本物の「小判」に似た形ですね。


今回は多目に印影を紹介させていただきます。

手彫り印鑑 明治印譜

典型的な古風実印ですね。

太枠+折り畳みの多い細篆書体という素晴らしいものです。



手彫り印鑑 明治印譜

これも上と同様です。

右下は「江」という字でしょうか。

「エ」部分の縦線の折り畳み、実は近年このような折りたたみは技術的な評価は低いのですが

私は大好きな作風です。






手彫り印鑑 明治印譜

柳葉篆(笹文字)ですが文字としては印篆ですので、いつもでしたら「大篆」と書きますが

今回は大篆風としておきましょう。

(もしかするとこの印影は再登場かも知れません)


手彫り印鑑 明治印譜



p1090.jpg



p1091.jpg




手彫り印鑑 明治印譜





ブログ編集者

明治初期の印譜から

明治時代の印譜が続いておりますが、今回は江戸時代後期の印譜からです。



手彫り印鑑 明治初期の印譜

江戸時代は庶民が自由に朱肉を使う事はできませんでしたので、黒肉で押されています。

(この印譜、他のページには朱肉で押された印影があります)


手彫り印鑑 明治初期の印譜

今回はこれをピックアップ。

薬膳酒のようですね。

わたくし事ですが、薬膳酒は大好きです。

少量であろうと、運転前は飲めないので決められた用法は守っておりませんが、あの甘い口当たりが

いかにも利きそうで、就寝前の楽しみの一つです。(私、晩酌は致しません。)


手彫り印鑑 明治初期の印譜

印影が大きいのでいくつかに分割して撮影しましたが、藩札の紹介と違って分割する必要はなかった

かも知れませんね。  (撮影したので一応載せておきます)


手彫り印鑑 明治初期の印譜

こんな酒瓶に入っていたのでしょうか。

ありふれたコメントですが、実際に飲んでみたいものです。






手彫り印鑑 明治初期の印譜

せっかくですから唐草が入った江戸風情たっぷりの印影も。



手彫り印鑑 明治初期の印譜




今でしたら絶対ゴム印で作るようなものも木口で彫っていたんですね。

手彫り印鑑 明治初期の印譜




ブログ編集者

印章技術競技会の受賞作品

久しぶりの記載になりますが、約80年前の印章技術競技会の受賞作品です。

今回は全て篆刻作品を載せますが、これは篆刻家が彫ったものではなく、街の印章店が彫ったものです。


印章技術競技会の受賞作品




印章技術競技会の受賞作品

以前にも書いたと思いますが、「ハンコは印面いっぱいに字配りをしなくてはいけない」という決まり事は

ありません。

もちろん印面いっぱいに字配りする作風を否定する訳ではありませんが(印相体を除きます)

印章文字としての慣習に従い全体的なバランスが整っていてば(あとは個人の好みで)問題ないのです。




印章技術競技会の受賞作品

印影で文字や枠が朱色になっている(一般的な実務印のタイプ)を朱文といい、逆に白抜き文字になっている

上のような作風を白文といいます。


印章技術競技会の受賞作品

こちらも上の朱文同様、空間を生かした太枠細字の絶妙な印鑑です。




続けましょう。

手彫り印鑑 印章技術競技会の受賞作品

見事な彫刻ですが、文字は彫られていないようですね。




手彫り印鑑 印章技術競技会の受賞作品

この写真だけですと大きさがわかりませんので、定規をあてた写真も載せました。



手彫り印鑑 印章技術競技会の受賞作品





ブログ編集者










江戸時代の古文書より

いくつか前の記事にちょっと弱気な内容を書いてしまいました。(弱気な部分は削除しました)

しかし、ブログや自作サイトをやめる気は毛頭ありません。

記事にする資料切れでもありません。

資料切れとは反対に、整理されていない資料も多くあるのでいったいどんな眠っている資料があるのか

よくわからないというのが現状です。

そんな中、印章資料を見ていると「これは載せるべきか否か」と迷ってしまう事もあります。


今回はそんな資料をピックアップしてみました。

手彫り印鑑資料 江戸時代の古文書

江戸時代の古文書だと思いますが、内容がわかりません。

(判読は手間が掛かりますのでやめておきます)

「載せるべきか迷う」と思っていても、印章資料としてはかけがいのない大切な物です

とはいえ内容の説明が出来ません。


手彫り印鑑資料 江戸時代の古文書


でも内容のわからない資料であっても、それはそれとして私は学者ではなく街のハンコ屋ですので

主な目的は印影の紹介とし、書類全体の説明は省略して掲載させていただきます。


堅苦しい言い回しをしましたが、簡単に言えばその方が気軽にブログに載せられますので・・・


手彫り印鑑資料 江戸時代の古文書

篆書体の八方崩しで彫られた印鑑が割印にされていますが、どうやら二つ同じ印章のようですね。


手彫り印鑑




手彫り印鑑資料 江戸時代の古文書


上に押されていた割印は右の印鑑のようです。

このブログで何度も登場する篆書体の本物の八方崩しです。



中央は印影が薄いのであまりよくわかりませんが、印面いっぱいに篆書体を広げた作風ですね。

江戸時代に多くあった作風ですが、失礼ながらこの頃のこのような印鑑(中央)はあまり丁寧に

彫られているものが少ないようです。 (資料を基にした私見です)



左側は大篆風(柳葉篆・笹文字)の印影ですね。

埋もれていた小さな資料ですが、今はまず彫られていない大篆風を含む篆書体の3通りの崩しが

見られる貴重な印影資料ではないでしょうか。


どのような書類かは不明ですが、印章資料としては貴重な物ですので大切に保管していきたいと思います。




ブログ編集者


【宣伝で恐縮です】

今はほとんど彫られていない大篆風・・・  

当店ではご要望をいただければ承っております  はんこの印善




江戸時代の古文書 続編

江戸時代の印章資料 続編です。

前の記事で「ブログに載せるか迷う資料もある」と書きましたが、資料を探していると

たまに宝物にも出会えます。

宝物といっても、印影資料ですので、ハンコに興味がない人から見ればただの昔の書類に過ぎないと思いますが。

今回はそんな「埋もれた宝」をピックアップ。

手彫り印鑑資料 江戸時代の古文書

慶応三年に発行されたお寺の御印鑑(今でいう印鑑証明書)ですね。

慶応三年と言えば、こちらの記事内の松尾さんの生まれた年です。

全く別の印章資料ですが、資料同士を合わせて思いに耽(ふけ)る楽しみもあります。


現存するお寺なら機会を作って訪問してみたいところですが、インターネットでお寺の名前を検索

してみたところ、どうやら複数あるらしいですので実際に行く場合はもうちょっと下調べが必要です。



手彫り印鑑の資料 江戸時代の古文書から

折り畳みが何本あるか数えにくいところですが、これだけ折り畳まれていれば九畳篆といっていいでしょう。




手彫り印鑑の資料 江戸時代の古文書から



手彫り印鑑の資料 江戸時代の古文書から



「どこがお宝なの?」という声が聞こえてきそうですが、私にとってはお金に換えられないお宝です。



ブログ編集者



明治印譜 (巴・訂正印・太枠細字)

直近で似たものの紹介ははなるべく避けるように心掛けておりますが、

明治時代の印譜が多いのでタイトルに困ります。

と、のっけから言い訳になってしまいましたが、その通り明治時代の印譜から手彫り印鑑 明治時代の印譜から


写真では6ページ分しか写っておりませんが、印譜自体はページが続いており、長い一枚の紙になっております。

古い印譜は大体こんな感じになっています。


手彫り印鑑 明治時代の印譜から

まずはこの時代に最も多かった中輪(太枠)細篆書体です。

右側の印影の方が枠が太くなっていますね。

これも手彫りの個性です。

「個性」といっても、彫る度にまちまちになってしまうのではもちろんありません。

お客様のご要望かバランスを考えてか、はたまた彫った時の考えなのか。

それら全てが「個性」です。

篆書体の崩しも今のものとは少々違っていますね。


手彫り印鑑 明治時代の印譜から 巴

久しぶりに載せる朱白混合の巴です。

右側は八百屋さんの受領印ですね。



手彫り印鑑 明治時代の印譜から 巴

巴をもう一つ。





手彫り印鑑 明治時代の印譜から

二重枠の実印です。(左)

珍しい印影を選んで載せた訳ではありませんので、この時代はごく普通に受注していた事が印譜からわかります。

いい時代でしたね。



手彫り印鑑 明治時代の印譜から

これは今では訂正印として使用される位の大きさですが、銀行届出印としても昔は小さいものを

使用する人が結構居たので、印譜からだけですと使用の目的はわかりません。


手彫り印鑑 明治時代の印譜から

定規と一緒に撮影しなければ10.5ミリ位の印影に見えてしまうと思います。

私がしつこいほど「実際の印影は小さなものなので、あまり拡大しない方がいい」と書いている事が

この写真でもご理解いただけるのではないかと思います。



手彫り印鑑 明治時代の印譜から

小さな印面に丁寧に楷書体が彫られているのがいいですね。

ブログでは実務面を考え大きな写真にしております。

多少の矛盾はご容赦下さい。





ブログ編集者







大篆尽くし(二重枠・龍紋・小判型)

前の記事と同じ印譜から大篆風(柳葉篆・笹文字)をピックアップ。

タイトルの大篆尽くしとは少々大袈裟ですかね。


また、「大篆じゃなくて印篆じゃないんですか?」と言われてしまうかも知れません。

確かに大篆の形ではありませんよね。

でも、印章業界では戦前位まで、笹文字(柳葉篆)は大別で大篆と言っていたのでタイトルは

大篆としました。

(もちろん、お店によっては大篆とわ言わず、柳葉篆や笹文字と紹介していたところもあります)

手彫り印鑑、大篆・柳葉篆・笹文字

確かにこれは印篆を笹文字にしたものですよね。


手彫り印鑑、大篆・柳葉篆・笹文字

これは見事な龍紋に柳葉篆、いい時代でしたね。

明治時代の印影は見ているだけで癒されます。



手彫り印鑑、大篆・柳葉篆・笹文字

これは大篆の雰囲気が出ている作風ですね。

以前にも書きましたが、学術的な分類で大篆と呼べるか否かではないのです。

「昔からの伝統と慣習を守った上での自由な作風」これが大切です。

上の「」の中、前半が特に重要です。

伝統や慣習を守らない自由な作風というのは簡単です。

伝統と慣習を守りつつ自由な作風というのが技術者の力量ではないかと思います。



手彫り印鑑、大篆・柳葉篆・笹文字




ブログ編集者



印鑑簿 2

4月18日の記事印鑑簿の第二段です。

この印鑑簿はページ順に紹介させていただく予定です。

と言いますのは、このブログを開設した当初は全く心配していなかった事なのですが、

最近限界を感じており・・・ 

(ここから先は先日書きましたが、その部分は削除してしまったのでもう一度)

私の記憶の事です。

最初はどの印影を載せても初めてでしたので問題ありませんでした。

また、はじめの頃は一度ブログに載せた印影は記憶で何とかなっておりました。

しかし、今現在記事数267ですので印影はそれ以上。

その記憶もそろそろ限界になってきました。


手彫り印鑑 印鑑簿

未掲載の印影を置いておいて、何度も同じ印影を掲載するのはおかしいですよね。


という事で、この印鑑簿は前記事の続きの印影という風に順番に紹介させていただこうかと考えております。

手彫り印鑑 印鑑簿

一番右は前回紹介させていただきましたので、今回は他の4印影の紹介です。

手彫り印鑑 印鑑簿

お名前位は書いてしまってもいいでしょうね。

苗字部分の印影が一部剥がれてしまっておりますが、石井清兵衛さんです。

「清」という文字が中央に一文字で字配りされていますね。

古い印影を見る事は、印章人にとって大きな勉強になります。


手彫り印鑑の印鑑簿

中輪(太枠)細篆書体で「新蔵」さんです。

そう言えば、印文の判読はしない方針でしたね。

判読に誤りがあってはいけない事と、手間の関係で基本的に省略しますが、印影の下に書いてあるので。


手彫り印鑑 印鑑簿

フルネームの小判型ですね。

今では珍しいタイプです。

書式の雛形「月 年 治明」とい表記が時代を感じさせます。


手彫り印鑑の印鑑簿

これもこの時代の実務印としては珍しい行書古印体の実印です。


手彫り印鑑の印鑑簿

前の記事にも書きましたが、本人直筆の筆文字の素晴らしさが何とも言えません。

「麻布区廣尾町・・・」

今は高級住宅地ですが、当時の姿はどうだったのでしょうか。


手彫り印鑑の印鑑簿

削除した記事に書いた事なのですが、ブログに載せようと資料を眺めていてもいろいろな思いが過ぎり

「やっぱり今回はやめておこう」とか悩んで更新が疎かになってしまう事が最近あります。

上に書きました通り、既出の印影かどうか迷う事も一因です。

しかし、考えてしまう事もある反面、この印鑑簿のようにページをめくるのがわくわくするような資料を

自由に見られるのも役得です。



でも私以外そんな人あまり居ないですかね。




ブログ編集者










御条目五人組御仕置帳

御条目五人組御仕置帳(寛政9年 1797年)

第二段、その3です。


御条目五人組御仕置帳の手彫り印鑑

余白部分の点々は残念ながら黴の跡です。

この書類では虫食いは見られませんが、古文書と言えば黴、虫食い、古紙特有の匂い

(匂いも黴が原因なのかも知れません)は付き物だと考えて諦めるしかありません。



今回は向かって左側のページを紹介させていただきます。

御条目五人組御仕置帳の手彫り印鑑

今回もバラエティーに富んでいますね。

印面いっぱいに字配りしたものと対照的に十分空間をとったタイプ。

二重枠も有り、個性的な文字も有りで見ているだけでも参考になります。


向かって右側3印影を。

御条目五人組御仕置帳の手彫り印鑑


こちらは左側です。

御条目五人組御仕置帳の手彫り印鑑


最近説明が単調ですね。

でも、その代わり更新頻度を上げましたのでご容赦下さい。

説明を長々としてあまり更新しないより、「更新頻度を上げてより多くの印影を紹介させていただく」

そういうのもいいと思いました。





ブログ編集者 はんこの印善






手彫りゴム印

大正時代の手彫りゴム印 印譜から


手彫りゴム印


手彫りゴム印

書いてある通り高麗人参の飴ですね。

絵がとてもいい雰囲気を出しております。

場所は・・・時節柄微妙な問題ですのでテキストとして書く事は避けますが、工業団地がある所ですね。

今は工業団地として有名でも、昔はのどかな高麗人参畑が広がったところだったのでしょう。

その工業団地も存続が危ぶまれているようですね。

同じ民族同志いがみ合うのはそろそろ終わりにして平和が訪れる事を願っております。



手彫りゴム印




手彫りゴム印

この印譜からはランダムで紹介させていただいております。

木口中心のブログにしておりますので、この手彫りゴム印々譜からの紹介はまだまだ少ないとはいえ

時間が飛んで載せておりますので、そろそろ私の記憶に黄色信号が・・・

まあ、一度ブログに載せたものだったとしても「いい印影だったから再度載せてしまった」と解釈して

いただけますでしょうか。

説明が過去の記事と矛盾していたとしたら・・・

それはご愛嬌としてお許し下さい。



ブログ編集者 はんこの印善





プロフィール

Author:三代目印章店主
古い手彫り印鑑の印影資料を中心に印相体撲滅に向けてマイペースで記事を書きます。

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